2010年11月1日 みどりの未来運営委員会
私たちはエクアドル共和国のラファエル・コレア大統領が提案する「ヤスニITTイニシアティブ」について、その基本理念を支持し、その実現を求めます。
■ヤスニITTイニシアティブとは?
ヤスニITTイニシアティブとは、2007年、エクアドルのラファエル・コレア大統領が国連総会において宣言した、同国の石油開発・自然保護・先住民権利保護に関する総合的な提案です。
ヤスニとはエクアドルのアマゾン地域にある自然保護区の名前で、ITTとはその地域が含むイシュピンゴ、タンボコチャ、ティプティニという地区の頭文字を表しています。この地域に埋蔵されている原油量は、エクアドル全体の20%を占めると言われています。
このイニシアティブは3つの提案を含んでいます。
第一は、その地域から石油を収奪させないということです。
第二は、その代わり石油生産でエクアドル国家が得られる収入の半分である36億ドルの拠出を国際社会に求めるというものです。
第三は、そのための基金を国連開発計画(UNDP)に設置し、エクアドル及び世界各国に参加してもらうというものです。
この提案の目的は3つあります。
1つ目は、二酸化炭素排出削減による気候変動対策です。エクアドル政府によれば、この提案が実現されれば、削減できるCO2排出量は4億700万トンで、これはブラジルやフランスの年間CO2総排出量以上に相当するとされています。
2つ目は、生物多様性と先住民の権利の保護です。この地域の1haあたりの生物多様性はカナダやアメリカ1国にも匹敵すると言われています。また、この地域に住むタガエリ族とタロメナメ族は外界から孤立して生活しています。彼らの生活と権利を守ることも、この提案の目的に含まれています。
3つ目は、公正な社会的発展、自然保護の推進、及び再生可能エネルギーの開発促進です。
エクアドルはこのイニシアティブにより、「より公正で公平な、よりよく生き、自然の権利に基づいた世界を提案する」としています。
■先住民族からの権利保障の訴え
ヤスニは先住民族が「自発的孤立」の上に生活してきた地域のひとつです。彼らはあえて外界との接触を避け、伝統的な生活を保ってきました。そこに国際的な大手石油会社(オイルメジャー)などによる開発が入ることで、伝統的な生活を破壊されることを懸念した住民たちが、先住民としての権利保障を求めて政府に働きかけを続けてきました。
2008年の憲法改正で先住民の権利は法的に保障されたものの、先住民と政府との対立が完全に和解したわけではありません。タガエリ、タロメナニといったヤスニ地域に居住する人びとは保護地域外にもおり、地図上の単純な線引きで済む問題でもありません。
彼ら先住民グループは組織化して権利保護を訴え、政府と対話を続けてきました。その過程で生まれたひとつの提案がヤスニITTイニシアティブです。エクアドルはこれを政府として世界に提案していますが、その土台にはこうした運動が背景にあるのです。
■循環型経済・社会への総合的な提案
ヤスニ地域に住む「自発的孤立」を選んだ先住民たちは、その生態系にあるものを循環的に利用して暮らしてきました。彼らはグローバルな近代消費主義社会に組み込まれることを拒否し、ローカルな循環型社会を保つことを重要視しています。
この提案は生物多様性のみを重視しているわけではありません。この重要性は、気候変動対策、生物多様性の保護、先住民の権利保障など、個々の事象を別々に取り扱うのではなく、それらをひとつのパッケージに統合し、相互に関連させ、グローバル化する社会に対する統合的なオルタナティブ(対案)として提案しているという点にあります。これは私たちの社会のあり方に対する問いかけでもあり、経済や社会体制の総合的・根本的な転換・変革を図る機会とも捉えることができます。
「みどり」にとっての重要性も、まさにここにあるのです。
■迫られる経済的先進国の決断
しかし、ヤスニITTイニシアティブには、まったく問題が無いわけでもありません。ともすれば、グローバルな金融社会の中にこの提案が織り込まれることで、単なる排出権取引の道具にもなりかねません。また、国際社会が団結してこの提案を受け止め、充分な基金を拠出しなければ、前提から崩れてしまう脆いものでもあります。
コレア大統領は本年9月の来日時にもヤスニ地域の石油開発の完全断念を明言していますが、経済発展を旗印にした開発圧力はいまだに根強く残っています。その圧力は主に経済的先進国からのものであることを見逃してはなりません。現地先住民たちの中には、こうした先進国の圧力や提案の脆さに危機感を抱いている人びとも少なくありません。私たちはヤスニITTイニシアティブの基本的概念を歓迎するとともに、それが現代金融・消費社会の単なる一ツールとなってしまわないよう、その本来の理念に沿ってこの提案を支え、導く必要があります。
また、ヤスニITTイニシアティブは、これまで「北」の国々や企業が持っていた経済基盤や資源や決定権を、「南」の当事者たちが取り戻す運動でもあります。これは「南北の主導権の逆転」という歴史的転換をも意味します。経済的先進国の決断が重要なのはそのためです。
■イニシアティブの目的実現のために
私たちはこの提案が当初掲げられた理念に沿って履行されるよう、次の取り組みの必要性を訴えます。
日本政府に対しては、国連開発計画(UNDP)に設置されるヤスニ基金への拠出を求めます。また、同イニシアティブに積極的に関与することで、先住民権利保障、生物多様性保護、石油文明から再生可能エネルギー文明へのシフトチェンジを明確にすることを求めます。
国際社会に対しても、経済的先進国を中心にヤスニ基金への拠出と積極的関与を求めます。ヤスニ地域における石油開発を断念し、世界有数の酸素供給・二酸化炭素吸収地帯としてアマゾン地域の価値を認め、その対価を払うことは、環境を中心とした経済・社会体制への変革にとって重要な意味を持つでしょう。
また、エクアドル政府に対しては、イニシアティブの誠実な履行と検証、さらにはヤスニ地域に暮らす先住民たちとの平和的対話を通じた継続的な先住民権利保障と生物多様性保護を求めます。