2010年3月2日 みどりの未来・運営委員会
■派遣労働は人間を使い捨てる2008年秋から吹き荒れた大量の「派遣切り」は、派遣労働が人間を使い捨てる働かせ方であることを白日の下にさらけ出しました。「年越し派遣村」の運動が大きな共感を呼んだこともあって、派遣という働かせ方を規制すべきだという声が高まりました。鳩山政権は、公約の柱の一つであった労働者派遣法の改正案を国会に提出する準備を進めています。その内容はまだ固まっていませんが、十二月に出された厚労省の労働政策審議会(労政審)の答申に沿ったものとなると予想されます。改正案のポイントは、1) 専門性の高い26業務を除いて登録型派遣を禁止する 2) 2か月以下の日雇い派遣を原則禁止する 3) 大量の派遣切りを生んだ製造業への派遣を常用型派遣(派遣会社に常時雇われている形態)に限る というものです。
派遣労働は、労働者が雇われる派遣会社と実際に働く派遣先の会社とが異なるという働き方です。そのため、賃金も働く期間もすべて派遣元と派遣先の間でモノのように取引され、実際には派遣先の意向で決められてきました。作業中に怪我をしても派遣先が放置するような例もありました。派遣労働者には、指揮命令を受けて働く派遣先と直接に交渉する権利もありません。派遣先では名前でではなく「派遣さん」と呼ばれることも珍しくなく、技能訓練や研修を受けてスキルを高める機会も与えられません。大多数の派遣労働者は、就業期間が短いという理由で雇用保険にも加入できませんでした。なかでも登録型派遣は、派遣先で仕事がある期間だけ派遣会社と雇用契約を結ぶもので、派遣先の都合でいつでも仕事を失い収入が途絶える不安定きわまりない働き方です。派遣労働は、会社にとっては要らなくなればいつでも使い捨てることができるが、働く人間にとっては尊厳も権利も生活の保障もない働き方になっています。
派遣労働を規制することは多様な働き方を制限し雇用機会を狭めて失業を増やす、という批判が経済界などから出されています。しかし、その派遣現場で大量の解雇や寮からの追い出しなどが横行している実態は、こうした批判が全く現実と乖離した的外れなものであることを証明しています。使い捨て労働であっても仕事があるだけましだろうという言い分は、人間の尊厳を無視するものです。私たちは、派遣労働という働き方を当事者の立場に立って根本的に問い直し、登録型派遣と製造業派遣の禁止をすみやかに実行すべきであると考えます。
■改正案の大きな抜け穴
ところが、改正案には大きな抜け穴があります。
第一に、改正案は、26業務を除いて登録型派遣を禁止し、常用型派遣だけを認めるというものですが、肝心の「常用」の基準が定まっていません。常用型派遣は、本来、派遣先の仕事がなくなって次の仕事が決まるまでの期間も派遣会社が賃金を保障するもので、ドイツなどの常用型派遣は派遣会社に期限を決めずに雇用される、つまり正社員として雇用されることを意味します。ところが、改正案の「常用」の基準は、厚労省の「労働者派遣事業関係業務取扱要領」の規定が適用される見込みで、これによれば「常用」雇用は「短期契約を更新して1年を超えて雇用されているか、それが見込まれる者」も含まれることになります。そうすると、例えば3か月の短期契約を繰り返して1年を越える見込みがあれば「常用」と見なされることになり、これでは派遣会社が派遣労働者の身分を保障する期間を短くすることができ、契約終了で雇止めにすることが可能になります。派遣会社に細切れ契約で雇われる人を増やすだけで、登録型派遣が抱えていた雇用の不安定性は何ら解決されません。
第二に、26の専門的業務については、登録型派遣がそのまま認められます。直接雇用ではない派遣労働が労働者派遣法の制定(1986年)によって専門的業務に限って例外的に認められるようになったのは、高度の専門性をもつ労働者であれば、会社との交渉力も強く失業することもないと想定されたからです。その後、派遣労働は原則自由化され、製造業にまで広がってきました。今回の改正案は、登録型派遣を26の専門的業務に限定するとしていますが、その中には「事務用機器操作」といった業務があります。これにはパソコンを使うのが当たり前になっている事務作業まで含まれており、「専門性が高い」とは言えない多くの仕事が「専門的業務」とされることによって、正社員を安上がりの労働者で代替する登録型派遣の形が続くことになります。
■抜け穴を封じる改正案を
改正案には、それ以外にも重大な欠陥がいくつかあります。派遣労働では、その指揮命令の下で労働者を働かせている派遣先会社の責任が問われません。そのため、政権交代前の民主・社民・国民新党の三党合意では、安全衛生教育の義務づけや派遣先との団体交渉権など「派遣先の責任強化」が謳われたのですが、この重要な点が今回の改正案では先送りされています。
また、同じ仕事をしていても雇用形態(身分)が違うというだけで賃金などに大きな差別がありますが、そもそもそれには何の合理的な根拠もありません。同一労働・同一賃金の原則に立って派遣先会社の労働者と派遣労働者の均等待遇を義務づける必要がありますが、改正案はこのことを明記せず、「均衡待遇を考慮する」にとどまっています。さらに、改正案は、派遣労働の規制強化の実施を、改正法の公布から3年後(さらに事務やサービス業など「比較的問題が少なく労働者のニーズもある業務」は5年後)にまで引き延ばしています。
改正案には、「違法派遣であることを知りながら派遣労働者を受け入れている場合には派遣先が直接雇用を申し込んだものと見なす」として、直接雇用を促進するといった規定もあります。しかし、全体として見るとあまりにも抜け穴が多く、登録型派遣や日雇い派遣や製造業派遣を禁止するという目標を裏切っています。
人間を使い捨てる社会は、持続可能性を失った社会です。私たちは、雇用の継続性の保障、同一労働・同一賃金の原則に立つ均等待遇が実現されてこそ、多様な働き方が実現されると考えます。労働者派遣法の改正案は、何よりも当事者として苦しんできた派遣労働者の意見を反映して作成されるべきです。少なくとも派遣労働を「期間の定めのない」常用型に限定すること、「専門的業務」を洗い直し限定することが必要です。
私たちは、鳩山政権に対して、抜け穴を封じた労働者派遣法改正案を提出することを要請するとともに、法改正と並行して、すべての非正規労働者の雇用保険の加入や正社員との均等待遇を実現する施策のすみやかな実行を求めます。